人形佐七捕物帳005
人情家の人形佐七、しかし…
「山形屋騒動」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳一」）
春陽堂書店
人殺しを告げる手紙が示した橋に
張り込んでいた佐七は、
橋番･三平とともに
川を流れてきた葛籠を見つける。
そこには扱帯を首に巻き付けて
気を失っている若い娘が
詰め込まれていた。
娘の家である山形屋に赴くと、
主人の死体が…。
1938年に発表された
人形佐七の第五話です。
佐七は殺人事件の下手人を
捕縛するのですが、
その結果に自分で納得がいかず、
再捜査し、真相を究明するという
二段構えの作品となっています。
本作でも佐七の活躍が光ります。
【捕物帳〇〇五｢山形屋騒動｣】
山形屋藤蔵
…山形屋主人。中風で寝付いていた。
殺害される。
お紋
…藤蔵の妻。家を切り盛りしている。
お鶴
…山形屋の娘。痀瘻病を患っている。
首を絞められた状態で発見される。
お雛
…山形屋の娘。お紋の連れ子。
お鶴の義妹。
重三郎
…廃嫡された山形屋の息子。お鶴の兄。
世之助…山形番頭。お鶴の婿養子。
お仲…山形屋女中。
長松…山形屋の小僧。
三平
…永代橋の橋番。五十を超えている。
お力…三平の女房。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
奇妙な冒頭の事件、しかし…
川を葛籠が流れるだけでも
異様なのですが、
その中に若い娘の死体が
(直後に死体ではなく
まだ息があることが判明)。
なぜ犯人はとどめを刺さなかったのか？
何のために
籠で流さなくてはならなかったのか？
なんともはや珍妙な事件です。
ところが、同じような設定は、
横溝作品にはいくつか見られます。
由利･三津木シリーズでは
｢猿と死美人｣
(1938年、何と本作品と同じ年)で
使用されています。
こちらは葛籠ではなく、木製の檻、
中にはやはり若い女が気を失った状態で
閉じ込められていたのです。
葛籠や木製の檻では水没の危険があると
考えたのでしょうか、
約20年後、1957年発表の
金田一耕助シリーズ｢檻の中の女｣では、
ボートに鉄製の檻を載せ、
横溝は万全を期しています。
この｢川を流れる箱詰め女｣は、
｢トラックから落ちた石膏像の中に
潜ませていた死体｣と同様、
横溝のお気に入りの冒頭場面です。
本作品の味わいどころ②
簡単に捕まる犯人、しかし…
犯人はあっけなく捕縛され、
そしてあっけなく自供し、
事件はあっけなく解決したかのように
思えました。
でも、納得できないのが
捕縛した本人の佐七です。
自らの再捜査によって
事件の真相が明らかになる展開は
爽快です。
本作品の味わいどころ③
人情家の人形佐七、しかし…
佐七の示す人情が本捕物帳の
売りになっているのですが、
本作品においてはい
ささか不発気味です。
山形屋のもう一人の娘･お雛が
次の犠牲者になるかも知れないと
考えた佐七は、お雛の扱帯が
お鶴の首に巻かれていたのを理由に、
お雛を捕らえます。
ところが与力の神崎は、
「しぶとい女での、
いかに責められても、
あの娘、いっこうに白状せぬ」。
事情を上役に通していない
佐七なのです。
無実の罪で捕らえられ、
役人から責められなどしたら、
今でいう心的外傷後ストレス障害に
なりかねません。
どうした？佐七。
というようなことは些末に過ぎません。
いつも通りの人形佐七の活躍を、
十分に堪能しましょう。
※「完本 人形佐七捕物帳一」
収録作品一覧
羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
螢屋敷
黒蝶呪縛
稚児地蔵
〔｢完本 人形佐七捕物帳｣について〕
2019年12月から、春陽堂書店より
｢完本 人形佐七捕物帳｣が
全10巻で刊行されました。
佐七シリーズは全180作と
確定したようです。
すべて読破したいと思っていますが、
いつのことになるやら…。
〔関連記事：人形佐七捕物帳〕
（2018.1.4）
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